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思春期の心とからだ

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思春期相談員・カウンセラー  

 佐藤 晴世  

 

『雪の女王』〜カイとゲルダの思春期物語〜

 

アンデルセン童話の少年と少女に魅せられて

 

 皆さんはアンデルセンの『雪の女王』を読んだことがあるでしょうか?

私はこの本が大好きで、自分の子には「カイ」という名を付けたいと思うほどでした。子どもが幼い頃は寝る前に何度も読んでやった記憶があります。

 少し長い物語なので、読み終わる頃には子どもはみな、魔法にかかったように眠っていましたが…。幼い子どもには、ちょっと難しかったのでしょうね。

 でも、読みきかせている大人には、これから育っていく我が子が世の中の不条理にもまれ、また愛や知性を身につけてやがて大人になっていくことを想像させてくれます。

 

 息子達が大きくなって本の読み聞かせをしなくなって、もう何年にもなりますが、本棚には今も大切にこの本がしまってあります。

 NHK でアニメ『雪の女王』が始まった (05' 5 月〜 ) のを機に、絵本を手に取り、なつかしく読んでみました。

 そして、この本が思春期の子どもの成長物語だとあらためて気づきました。

 

『雪の女王』

 この本のあらすじをご紹介しましょう。

 

 幼なじみのカイとゲルダは、二階の窓をつたってお互いの家を行き来する仲よし。

 

 ある日、割れた悪魔の鏡の破片がカイの目と心に刺さります。それからというもの、カイは心を閉ざし、なんでも逆さまにとるようになってしまいます。 そして冬、訪れた雪の女王のとりことなって、ついていってしまいます。

 町のみんなは、カイが川でおぼれたと噂しています。ゲルダは「カイちゃんを返して!そしたら、わたしの赤い靴をあげるわ」といって川に靴を差し出しますが、乗っていたボートごと川に流されてしまいます。

 川に流されたゲルダは魔女に助けられ、娘のように可愛がられているうちに、カイのことを忘れそうになりますが、おしゃべりの花の言葉にカイを思い出し、カイを助ける旅に出ます。

 ゲルダは、カラスや王女や山賊の子やトナカイに助けられ、フィンランドのおばさん達に暖かい食べ物や寝床をめぐんでもらいながら、遂にカイのもとへたどり着き、カイを抱きしめ涙をながします。

 カイに突き刺さっていた鏡のかけらはゲルダの涙で溶けカイはわっと泣き出します。 二人は泣いたり笑ったりして再会をよろこびます。

  ふるさとにもどって、手を取り合い腰掛けて見つめあう二人は、もうすっかりおとなになっていました。  

……このお話はふたりがおとなになったところで終わります。

 

カイ…心を閉ざす思春期 

 我が子が幼い頃は『雪の女王』をゲルダという少女のメルヘンと冒険の物語と思って読んでいましたが、子育てを終えた今、「反抗期の少年の氷のような心が、家族を遠ざけ孤独にさまよい、時が過ぎ、いつしか閉ざしていた心を開いたとき、そこには成長した青年が立っていた」と我が子とカイ少年の心を重ねて見ている自分がいます。 

 

 カイがガラスのかけらで心を閉ざし、雪の女王について行ってしまう場面は、子どもが悪の誘惑や社会の不条理に飲み込まれていく孤独な少年をイメージさせます。

 家族に大切にされていても、思春期の子どもは「おとなは余計なことばかりする」「かっこいいことばかりいってるけど、大人は、ほんとは汚いんだ」と親の心配をよそにカイのようにどんどん自分の殻に閉じこっていく時期があります。

 

 『雪の女王』のもと、寒くて冷たい氷の中で紫色の顔をしたカイは氷のかけらで知恵のパズルを解こうとする場面があります。

 『雪の女王』はだまってカイを見ているばかりか、カイを置いて南の国に果物や穀物を実らせるために雪を降らせる旅に出てしまいます。

 氷の世界に取り残されたひとりぽっちのカイ。

 『雪の女王』のしうちは理不尽な社会や、自然の脅威そのもののように感じられます。

 ゲルダの愛によって、カイはこの孤独の淵からよみがえります。そして知恵のパズルは『永遠』という文字を描き出します。

 

 子どもが社会の理不尽さや不条理に心を閉ざし、悪の迷路に迷い込んでも、愛や友情で立ち直ることができる。そんな示唆を含んだ物語です。

 

ゲルダ…たくさんの冒険を重ねる思春期

 こころを閉ざし、氷の国へ行ってしまった『カイ』を救い出す『ゲルダ』の勇気は、どこからくるのでしょうか。

 ゲルダも初めからカイを助けるために冒険の旅に出た訳ではありません。

 彼女の乗ったボートが、偶然川岸から離れることで、旅に出てしまいます。

 

 何かの拍子に子どもは親の手の届かないところに行ってしまいますが、たくさんの人に助けられ、さまざまな体験を通して、どんどん強い精神力を手に入れます。

 親の手が届かないからこそ、ひとりで考え、周囲のたくさんのひとに助けを求め、学び、強くなっていく。ゲルダのように長い旅でなくても、子どもは日々の生活の中で親以外のひとや生き物や自然との出会いによって気づき、体験し賢くなっていく。

 

 今私たちは思春期の子ども達が心を閉ざしたり、ちょっと横道にそれたり、学校に行かなくなると大騒ぎしてしまいます。

 私たちはもっと思春期の子ども達の失敗や孤独や反抗を黙って見守る勇気が必要なんだと、今さらながら感じました。

 

 小さいときにつぶらな瞳を輝かせて、絵本を読んでとせがんでいた子ども達が、大人になるための旅じたくを始めたら、私たち親はもう雪の女王(不条理な社会)のもとに出ていく子どもを止められません。

 

 子どもが友だちや見知らぬ大人や、あるいは鳥や花や動物からたくさんの支援を受けて、心を再び開くまで待つ『忍耐』も必要です。

  そして、私たち大人はどこの子どもであろうと、失敗したり、困ったり、助けを求めてきたとき、誰彼の子に関係なく支援の手を差し伸べる『フィンランドのおばさん』のような人間でありたいですね。

 

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