|
bP9 |
思春期相談員・カウンセラー 佐藤 晴世 |
2008/2/17 |
子どもたちの居場所 2 |
| どうなる、ゆとり教育からの脱却 |
|
文部科学省は2月15日、小中学校で教える標準的内容を定めた学習指導要領の改訂案を発表しまた。 これからどう公教育が変わっていくのか不安な方も多いと思います。
授業時間を増やすことで全体の底上げができるのか、格差を承知で学力のある子どもに焦点をあてるのか、結果はこの教育を受けた子どもたちが成人して数年後にしかわかりません。
ころころと変わる教育制度によって現場の先生方の混乱や心労を思うと気が重くなります。 予算もそれほど増やさず、人も増やさずでは、先生達にとってこれからの数年間、データ集めのための記録の収集から生徒の精神面、家庭でスポイルされがちな生徒のフォローとたくさんの仕事があまた増えてることでしょう。
先生達が子どもたちの居場所を作ろうと思ってもその時間も与えない改革です。 そんなおりに、杉並区の和田中が夜の塾を開校させました。 和田中は生徒のやる気を起こさせるさまざまな試みをする学校として、すでに有名ですが、そんな学校が有名校への進学をうたい文句に学内に開塾。 PTA 主導とのことですが、偏差値の高い子どもたちだけが優遇されるのではと懸念されています。
私としては和田中の試みに反対ですが、今の受験体制では、学習意欲の有無にかかわらず学校だけで受験対策が出来ないことも確かです。今年二十歳になる私の三男も中三の時、高校の入試制度が変わったために「息子さんがどの高校に進学できるか、はっきりとわかりません。」と言われました。「受験勉強は塾でやってください」と言い放つ先生もいるのが現実です。「受験勉強も含めて、教育するのが公教育」は今や理想論。それが出来ていない現状では、和田中のようなやり方が現実的だという意見も多く聞きます。こうした公教育のゆがみを変えるのが文科省の仕事なのに、それが出来ない官庁とはなんなのでしょうか。 |
| フィンランドの教育 |
|
公教育の新たなモデルとして世界から注目を浴びる国があります。 一人一人の子どもたちを大切に、親にだけ経済的に依存しない方法を考え、学力が低い子どもたちの底上げに尽力し、自分で考える力を伸ばす教育に力点を置いたために世界で一番の学力を得た国、フィンランドです。
1月31日放送のNHKのクローズアップ現代で、フィンランドの教育が取り上げられていました。その放送のことをお伝えしましょう。 今のフィンランドの教育は「資源のないこの国は子どもこそが財産。その子どもたちを育てることでしか、この国の未来はない」という教育相の考えから始まりました。そして省庁を超えて子育てに取り組み、給食費や教育費・医療費を無料にし、家庭の格差によって子どもが不利益を被らないようにした結果、また学力とは関係なのない視点で子どもを育てた結果『学力世界一』になったのです。
そこに行き着くまでに大変な試行錯誤がありましたが、まず教員の質を高め量を増やすこと、そして、どの子どもにも成績で順位を付けるのではなく、やる気を出す工夫、独創性を評価したのです。
教育相は言っています。「世界のグローバル化や IT 化で、もはや暗記による学習はほとんど役に立たない時代、子どもたちが適切な能力を身に付け、魅力的な人生を送れると感じる教育、予測できない事態が起きても人々が協調する力を育てる教育を目指した」と…。 そして「塾に行かなれば学力が身に付かない教育なんって意味がないでしょう」と日本の現状に釘をさしています。 こんな風に子どもを見つめる目が今の文科省にあるでしょうか。 教育を現場に任せてもらえない、少しのことで揚げ足を取られる教師達。ここでは教師達が居場所をなくしているように見えてきます。まさに恐怖政治、先生達は身の保身に走らざるを得ません。
|
| 教師の居場所 |
学校が先生達に居心地の良い職場であって、はじめて子どもたちにも居心地のよい場が出来上がります。教師になるまでが大変なフィンランドですが、先生達が誇りをもって国民から尊敬される職業にするためには給与だけでなく、時間的にも教材を試行錯誤できるゆとりが必要です。職場での人間関係も重要です。先生にこそゆとりをと願わずにいられません。
今日本の先生方は、生徒がおとなしくしてくれていればホッとし、教育委員会や文科省に目を付けられないように静かに時間をやり過ごしているように見えてしまいます。 現実に、先生方の忙しさが、発達障害の子どもたちや虐待児童を見過ごしてしまっている印象があります。攻撃的でクラスを乱したりすることがあれば先生の目にとまりますが、親からの虐待を隠すためや、学力の遅れを隠すために息を殺すように、目立たなくしている生徒もいるのです。 先生にゆとりがあれば、また生徒達にもゆとりがあれば、気付いてもらえた子どもの障害や虐待が、何の支援もなしに何年も放置されてしまうという現実があるのです。たった一回の人生がそういう子どもたちにはとてつもなく苦しいものになります。
心に悩みを持っている子、イジメや虐待を受けて勉強どころでは無い子どもたちは初めから人生をあきらめてしまう可能性もあります。
子どもたちはみんな先生に可愛がってもらいたい、先生の記憶に自分がしっかりと位置づけられ、愛されていたいと思っています。そうした経験こそが想い出となって心の居場所、心の支えになって、その後の人生の居場所まで確保できるのではないでしょうか。
2008/2/17 |
ご相談・問い合わせ
|