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思春期の心とからだ

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思春期相談員・カウンセラー  

 佐藤 晴世  

 

多難な思春期

〜両親殺害事件〜

 

 今年はいじめ自殺の多い年でしたが、少年による両親殺害事件も多いでした。また過去に起こった少年による両親殺害事件にも判決が出され、どれも少年には重い刑罰が科せられ、考えさせられることの多い年末となりました。

 今、状況として少年犯罪に対し冷たい雰囲気が社会を覆いつつあります。
 板橋区の社員寮管理人の両親が当時15才の長男(17)に殺害された事件で少年に14年の刑が、 水戸市で両親を鉄アレイで殴って殺したとして殺人罪に問われた当時19歳の長男(21)に対しは無期懲役とする判決が言い渡されました。

 板橋の事件の判決要旨を読むと、父親は長期にわたり寮の仕事をさせ、勉強や交友関係を邪魔し、少年のゲーム機を壊し続けたこと、また「自殺」に関する本を読めと言って与えていたとあります。

 けれど裁判官は「大きな精神的苦痛を与えたとはいえない。ゲーム機などは壊されてもまた買うことが出来る」と述べていますが、ゲーム機を壊された子の気持ちは単に大切なおもちゃが壊れたというだけで終わるのでしょうか?

 自分のものを壊されることは自分の存在を否定されることです。

 自殺」の本は少年が学校に持参して友人に示すなど、深刻な受け止め方をしていなかったとして虐待にあたらないとしていますが、思春期の子どもたちが、特に男の子は「泣くな男だ」という『らしさ教育』のため、辛いことを耐えたり、笑いで表現することはよくあることです。

 事実自殺した子どもたちがいじめを笑いで返したため「遊んでいると感じた」という周囲の反応が報告がされています。

 こういうことを SOS と周囲がとらえることが出来ないことも問題です。

 この少年のような逃げ場のない環境に育った子の気持ちを裁判官は理解しての判決なのでしょうか?

 子どもは親を選べないという事実を踏まえて、せめて少年が受けた父親からの虐待を認め、この少年の心の悲しみや寂しさを受け止めた上で、『それでも人を殺すことは許されないのだ』と結論づけてくれたら、少年は自分の犯した罪と向き合えるのではと感じました。

 鉄アレイで両親を殺害した少年の家庭は両親・祖父ともにかなり厳格だったようです。どちらも家庭が「帰るべき港でなかった」気がしてなりません。

 少年犯罪も、いじめも、いじめによる自殺も、根っこが同じ自分が大切にされていないという心の飢え、自己肯定感の喪失から起こっているのです。

 子どもにとって外は木枯らしでも、家に帰ると暖かいスープと優しい家族の微笑みがあることは生きていく上で大きな希望になります。私が子どもだった頃、貧しくてもそういう雰囲気が日本全体にあったように思うのですが、経済発展したはずの今、日本の大人は疲れ切っていて、子どもにそういう暖かさを送っていないなあと改めて感じた一年でした。

 

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