bV
 

研究所相談員 佐藤 晴世   

 
(9)幼児期、その育ちの中で〜 小6女児殺害事件について思うこと〜

最終審判の決定要旨

 

 先日、長崎県佐世保市でおこった 小6女児殺害事件 で長崎家裁佐世保支部から最終審判の決定要旨が公開されました。新聞などでお読みになった方も多いと思いますが、幼い子どもを持つ親には人ごとでは済まされない内容になっています。

その決定要旨の中で、処遇理由の一文に女児の人格特性 として、                       

 「幼少期より泣くことが少なく、おんぶや抱っこをせがんで甘えることもなく、一人でおもちゃで遊んだり、テレビを見たりして過ごすことが多いなど、自発的な欲求の表現に乏しく、対人行動は受動的だった。自分の欲求や感情を受けとめてくれる他者がいるという基本的な安心感が希薄で、他者に対する愛着を形成し難かった。 愉快な感情は認知し、表現できるが、怒り、寂しさ、悲しさといった不快感情は未分化で、適切に処理されないまま抑圧されていた。 」と書かれています。

 一人の少女の幼児期をこのように一刀両断のごとく語ってしまう審判の決定要旨に多くの幼い子を持つ親は育児不安をかき立てられたのではないでしょうか。育児に地域の関わりがなくなり、夫の子育て参加も進まない多くの母親にとって、子育ては孤独で不安なものです。

 そんな中で、加害少女の「両親は、女児の身の回りの世話など通常の養育のほか、教育面にも関心を持って接してきたと認められるが、情緒的な働きかけは十分でなく、おとなしく手のかからない子として問題性を見過ごしてきた。」と審判で結論付けられては、おとなしくて、手のかからない子どもを持つ親は混乱するのではないでしょうか。

 一人一人さまざまな個性を持って生まれてきた子どもたちは、これまたさまざまな個性を持った大人に養育されていきます。その中で、居心地の良さや悪さを感じ取り、幼いながらも環境に適応しながら育っていきます。

 それが、泣くことであったり、だだをこねることであったり、抱っこをせがむことであったりします。やがて、日々の暮らしの中で、お友だちがいれば一緒に、一人の時は静かに過ごすコツを習得して、雨の日や外遊びが出来ない時には、お絵かきをしたり、積み木を重ねたり、テレビを見たりして時間を過ごすようになります。こうして、大方の子どもたちは大人の生活に溶け込み、成長していくのです。

 

生育歴〜安易な犯罪との結びつけ〜
 

  最近の少年犯罪に関する子どもの成育歴が、メディアによって記事にされるのを読んでいくと、「親の愛情が足りずに情緒が不安定で未熟だ」とする心理学者のコメントが言葉を換えながら、くり返されます。

 今回の家裁の子どもの特性としてあげられた「幼少期より泣くことが少なく、おんぶや抱っこをせがんで甘えることもなかった」という文言に多くの親が、我が子にもあてはまると感じたのではないでしょうか。

 おとなしい子を放っておくのは、昔の農村部では当たり前の情景です。農繁期、家族総出で農作業に出ていた時代。乳児は田んぼのあぜに置かれた行李の中で一日のほとんどを、寝かされたまま過ごしていました。泣かなければ何時間も寝かされていたと聞いています。

 また家裁は「一方、両親は、女児の身の回りの世話など通常の養育のほか、教育面にも関心を持って接してきたと認められるが、情緒的な働きかけは十分でなく、おとなしく手のかからない子として問題性を見過ごしてきた。 女児が2歳になる直前ごろ、父親が長期間入院し、父親の関心は闘病生活と就職に、母親の関心は夫の病状や就労に向かわざるを得なかったという不幸な出来事があった。とはいえ、両親の女児への目配りは十分でなく、両親の監護養育態度は女児の資質上の問題性に影響を与えている」と記していますが、子どもを育てていく過程で、このようなアクシデントは、多かれ少なかれどの家庭にもあることで、このような出来事によって、2歳の幼児といえども親を支えようとし、強く育つのではないでしょうか。この出来事が少女を情緒が不安定な子にした理由とは思えません。

 犯罪を犯した少年少女の幼少期だけを問題にして、おとなしかったり、乱暴だったりしたことを取り立てれば、どの子も犯罪予備軍になってしまいます。そんな社会の目線が子どもにとっても、子育て中の親にとってもいい環境であるはずがありません。

 今回の家裁の報告は幼児期の親子の関わりと事件とを後付で結びつけるようなもので、首をかしげざるを得ません。親からの虐待やネグレクトの中で育った子どもたちでさえ多くは逆境を跳ね返し、自らの育ちの中で得た苦しみや悲しみを強さや優しさに変えて生きています。

 さらに、家裁の審理では大人社会の変化や、地域社会の子どもへの関わりが壊れてしまった現代社会の病理(子どもに届く情報の多くは刺激的で加虐的自虐的、歴史上これほど危険な情報に子どもがさらされた時代はありません)にはまったく触れていません。これではますます親の責任論が増すばかりで、これでは、親の不安をかきたて、ますます少子化に拍車がかかろうというものです。

 私たちの社会は、子どもの育ちに自然に関われるようなゆとりを取り戻すことを真剣に考え親の育児負担を労働時間だけでなく心の負担の軽減も含めて取り組む必要があるのではないでしょうか。


《 動物とふれあう を読む 》

 

感想・ご相談

info@seikyoken.org