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研究所 相談員    

文・イラスト 佐藤 晴世

(6)幼児虐待 @

  幼児虐待。最近ニュースでこの言葉を耳にしない日はありません。

1・2歳の幼児の、「泣いてうるさかった」「離乳食を食べなかった」「オムツを汚した」などの理由で、母親による育児放棄。床に落とした、叩いた、殴ったという報道。あるいは、両親に変わる養育者による暴力。そして死…。この子達は何のために生まれてきたの? 生まれてから死ぬまで、暖かな胸に抱きしめられて、愛された記憶もなくただ死ぬために生まれてきたの?

 

赤ちゃんを守るのは誰?

 

 『母性は本能』なんていうつもりはないけれど、赤ちゃんの大きな瞳、ぷよぷよの肌は保護者が愛情を寄せずいられなくなる哺乳動物の本能を利用するためでもあるといわれています。

 幼児の『生きる力』とはそうした他力本願的な要素が大ではないでしょうか。集団で暮らす動物はそれを大いに利用します。リカオンは出産直後の授乳は母親の役目ですが、なめたり、遊んだりは仲間が率先してやっているようです。その愛らしさに誰も放っては置けないのですね。

 チンパンジー・ボノボなどは仲間が赤ちゃんをさわりたくて、しょっちゅうお母さんの隙間から出ている赤ちゃんの手を握ろうとします。もし母親に何らかのアクシデントがあって、子育てができなくなっても、他の仲間が一生懸命面倒を看るようです。

   親はなくても子は育つ。この言葉はいろんな意味で使われますが、子どものたくましさと同時に、周囲の関係も表しています。人間の場合も社会的な集団をつくって生きる生き物として、子育ては個人ではなく地域が関わってきました。

 しかし現代、発展途上国の貧しい子どもたちは、6歳位ですでにストリートチルドレンとして自立を余儀なくされています。この子達は親からではなくその社会から時代から虐待を受けているのです。みな自分が生きるだけで精一杯の貧困に襲われたとき、子どもたちが一番に飢餓にさらされます。

 日本のような先進国では、少ない子どもを大切にするあまり、二十歳を過ぎても援助を惜しまない親も少なくありません。何らかの理由で親がいなくなった子どもでも、15歳までは国家が保護をします。

 そういう意味で日本は子どもにとって恵まれた環境であると言えるのかもしれません。

 けれど最近の報道では、多くの子供達が家庭の中で実の親あるいは養父母による育児放棄や虐待を日々受けています。どうして誰も救えないのでしょう? ときどき近くの家から子どもが叱られて、泣き叫ぶ声が聞こえませんか。一度や二度ではなかなか駆け込んで制止することが出来ないけれど、何度かつづいたら、近隣の方が、単独ではなく複数の方が協力して、声を掛けるか保健所・児童相談所に伝えて欲しいものです。(複数の方が一緒に声を掛けることで、状況を好奇心や恐怖心やだけでなく正確に把握することができ、児童相談所等へ出向いた時も、担当者が重要な懸案として扱ってくれるでしょう。)

 

助けてあげられなくて、ごめんね!(若いお母さんと幼い子へ)
 

 一度私にも、虐待とも取れる親子に遭遇した苦い想い出があります。

 スーパーの前で大声で我が子を叱るお母さんと「ごめんなさい、もうしません、ゆるして!」と叫ぶ3才くらいの女の子に出会ったのです。

 私は思わず駆け寄って「あやまっているから、もう許してあげて!」と言いました。お母さんは「ほっといてよ。これは躾なんだから」と、ますますエスカレートして激しく怒鳴り、頭を叩くので「もうしないよね」(どんな悪いことをしたの?どんな悪いことをしても、これほど叱られる悪いことはしていないと思いながら)声を掛け、二人の間にに割って入りました。しかし、この女性は私の襟首をつかみ「うるさいんだよ!」と、驚いて立ちすくむ私をにらんで、子どもを自転車に乗せた女性は「あんたのおかげで、恥じかいたわ」と自分の子どもの頭をパシッと叩いて走り去りました。

 呆然と立ちすくんだ私の前にスーパーの入口にいた人達が近づいてきて「どうしようもない母親だね!」「あなた声を掛けてやって、偉いわ」と口々に言いました。私は逆にこの人達に、なんだか腹をたて、口をつぐんでスーパーを後にしました。

 こういうとき皆さんはどうしますか?私は今でもときどきこの時のことを思い出します。私のお節介であの子は家に帰り着いた後もねちねちと嫌味をいわれ続け、あるいはつねられたり叩かれたりしている。私が声を掛けなければ、案外ケロッと、いつもの母親の顔に戻っていたかも知れないのに…。  

 せめて「あなた育児に疲れているのね! 少し、私が見ていてあげようか」と言えばよかっただろうか? 最後まで見届けることの出来ない私は本当にお節介なおばさんでしかないのです。どうかあのお母さんに近所の人達から育児の手がさしのべられますように…。

 
虐待を防ぐ知恵は?
 
  ところで虐待とはどういうことがきっかけで起こるんでしょう。

今は核家族化が進んで、密室の育児が当たり前の時代ですが、これは人類の歴史上初めてのこと。始まって40年と経っていないでしょう。それまでは、祖父母・伯父・伯母と、同居するのが当たり前、同居していなくても身内に囲まれる生活でした。人間が駆動力を持たなかった時代。どこで働くにも陽の高い内に帰宅しなければならなかったのです。だから夕日が沈む頃には父も母も団欒を囲むことになり、孤食などはあり得ませんでした。ほとんどの仕事は人力を必要とし、水を汲むのも火を使うのも大変な重労働でした。そんな中では子育ては『苦痛をともなう精神的労働』ではなく、家族にとって幼い子どもと過ごせる時間は本当に『憩いの時間』だったのではないでしょうか。また全ての子育ての責任は母親のものではなく、みんなの大切な宝として、きびしくもあり、また暖かくもある躾がなされたのでしょう。これは五千年以上つづいた子育ての歴史であったと思います。

 今なぜ虐待が起こるのか、親子間連鎖とよく言われます。親から虐待された子が自分も大きくなって我が子を虐待してしまう。でもそれだけではなさそうです。なぜならその憎しみの連鎖を断ち切って子育てをしている人も多いからです。

 

 もう一度、目を他の動物に移してみましょう。他の動物には虐待はないのでしょうか?

 あるストレス下に置くと動物でも簡単に我が子を虐待します。動物園などでは、産んだ子どもの育児放棄はかなり高い確率で起きています。野生の動物でも最初の子どもの育児放棄が報告されています。これは、前頭葉の発達したほ乳類では本能よりも学習で子育てをするために、見習うべき仲間が周囲にいないとき、生まれてきた子を我が子と認識でない、生まれてすぐに、もぞもぞ動き出す子どもに怯える母ザルも報告されています。子ども時代に何度も自分の母親あるいは周囲の仲間の子育てを観察したり、赤ちゃんのお世話係を経験しなければ上手く自分の子育てにつなげることが出来ないんですね。

 動物園で起こるもっとも多い虐待は、飼育員や来場者に子どもを見られたことで我が子をかみ殺してしまう例です。最近では、動物園でも暗視カメラの導入によって出産を確認した場合、安全と分かるまでは母親に近づかない飼育方法を取っているところもあります。強いストレスのために、かみ殺したり、食べてしまったり、育児環境が整わないとき、動物の世界でも、恐ろしい子殺しが起こるのです。

 強いストレスが続くと、時に生物は強い破壊行動を起こします。人間にも同じことが言えるでしょう。自分の体を傷つけたり、自分の子どもを傷つけたり…、自分の感情をコントロールできなくなってしまうのです。

 人間やチンパンジーのように育児に時間がかかる生き物はそうしたストレスによる危険を回避するために集団で子育てをするという歴史を作ってきたのではないでしょうか?

 

一人で頑張らないで! 弱音を吐くのも育児の内!

 
 最近の虐待報道を見る限り、従来の育児システムが失われたことと連動していることに皆さんも気付いていらっしゃるのではないでしょうか? 長い歴史の中で育んだ育児法が壊れて、行政やNGOの育児支援が充実するまで、若いお母さんの育児に対する閉塞感はつづくのでしょうか?

 私が子育てした時代、既に育児はストレスの掛かる仕事でした。

 「抱き癖はダメ!」「 添い寝はダメ!」「指しゃぶりは歯並びを悪くします」「自慰はお母さんのかまい過ぎ」、と育児書に書いてあります。(今ではこんな意地悪な育児書はありませんね?)

 そして『母原病』などと子どもの問題行動を全て母親のせいにする風潮や『中学受験に失敗しない法』『エリートを育てる』など、なんだか子どもの価値を世間体で判断されかねないムードでした。 

 私も育児ストレスに押しつぶされそうな時がありました。

 夫はほとんどあてにならない状態でしたが、そんな時、育児仲間が手を貸してくれました。子どもをお互い預けあったり、愚痴を言い合ったり、みんなでお花見をしたり…。

 そんな中でも一番私を安心させてくれたのは、近くに住む母と祖母でした。母は仕事を持っていましたが、時間があればよく尋ねてきてくれて、子どもと遊んでくれました。そして「可愛い、可愛い!」と連発してくれました。我が子を可愛いといわれることは母親にとって本当にうれしいものです。自分の子どもが『世界一可愛い』と実感させてくれる言葉ですね!

 また祖母は7人の子どもを育てた経験を良く聞かせてくれました。そして育児書が本当の子育てには役に立たないことを教えてくれました。私にとって祖母の言葉が子育てのバイブルでした。

「我が子が可愛いと思えない」「イライラしてつい手をあげてしまう」という状況に陥ったとき(特に頭を強く叩いてしまったり、叩いた跡が残るような場合は気を付けて!)誰かが側で寄り添ってくれたらと思います。

 今子育てをしているお母さん、あるいはこれから赤ちゃんが生まれるというあなた、まずお隣さんに声を掛けてはどうでしょう。「何かあったら相談させて下さいね。」と…。

 困っているとき悩んでいるとき、誰かにSOSの信号を発して助けを求めるのは、ちっとも恥ずかしいことじゃない、実は最も人間らしい振る舞いなのです。

もし、これを読んでいるあなたが、「私もそういうときがある」と感じたら、私たちにアクセスして下さい。微力でも何か力になれるかも知れないから…。

児童相談所に寄せられた虐待相談数……23,738件

               ※厚生労働省が発表した2002年度の統計です。

2003年度の警察庁によると検挙された虐待事件は157件

              虐待の種類は身体的虐待  109件

                        性的虐待   29件

                   養育の怠慢・拒否   19件

              虐待死亡児童数 42名 

虐待実数は報告数の10倍以上と言われていますから、約20万人以上の子どもたちが養育者から虐待、あるいはネグレクトの被害にあっていることになります。年齢層も0歳児から、中学生まで広範囲に広がっています。

 

 

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