熟年の性を考える

bV
 
研究員  岩淵 成子
 

愛は計れますか。計れませんか。
 
ー 『愛についてのキンゼイレポート』をご覧になりましたか ー

 

 『愛についてのキンゼイレポート』という映画が今ロードショー中です。
 「キンゼイレポート」が「性に関する報告書」だということは読者の皆様もすでにご存じでしょう。報告者がキンゼイ博士だから「キンゼイレポート」と命名されたことはご存じない方でも。


 「愛についてのキンゼイレポート」の原題は「キンゼイ」で、キンゼイ博士の伝記です。
 私は、1983年「性教協」主催の「エイズリサーチツアー」でアメリカに行ったとき、「キンゼイ研究所」に行き、博士のお墓にも詣でました。
 シカゴ乗り継ぎで研究所のあるブルーミントンで一泊の予定が、超一級の雷雨で飛行機が飛べず、やむなくシカゴに一泊し、折り曲げた消防ホースのような稲妻が空を飛び交う、日本ではとうてい見られない光景を見ました。翌朝研究所に向かい、予定を大幅に短縮した講座を受け、共同墓地のお墓に行きました。
 博士の墓石があまりに平凡で小さかったので疑問に思い、ハウマッチの英語力と得意の身振り手振りで奮闘した結果、研究所のスタッフの方から、墓石を大きくしないよう博士が望まれたこと、夫婦の背丈の差が墓石の位置のズレになっていることなどを教えていただいた思い出があります。
 そのキンゼイ博士の伝記ということで、何年ぶりかにロードショー館に足を運びました。

 「愛についての・・・」という修飾語は、映画の内容には合わないように思いました。強いて修飾語をつけるなら「性についての・・・」とすべきです。
 映画の中で、博士自身が「愛については調査しなかった。測定が難しいから」と言っておられるのですから。自然科学的には「愛」は証明できないと考えられたようです。
 妻クララとの初夜が不成功に終わった後、医者を訪ねる場面がありました。今の日本でも、映画と同じような科はないと思います。不妊ならば、夫婦で産婦人科を訪ねる場合もあるでしょう。勃起不全などが問題なら二人で泌尿器科に行くこともあります。しかし、二人の身体的適合性が問題の時はどこに行くのでしょうか。少なくとも「看板」を掲げている病院は無いと思います。離婚原因に「性の不一致」という項目がありながら、不一致を解消するための科学的な援助はされていないのが日本の現状ですね。援助を受ければ離婚せずにすむ夫婦がかなりの数いるはずですのに。


 その点、さすが実証科学の国。アメリカでは数十年も前に、性的不一致に悩むカップルを援助する科があったようです。うらやましい限りです。
 キンゼイ博士夫妻が訪ねた医師が、処女膜の硬さと、ペニスの長さのためだと原因をはっきり告げて、画面は転換されてしまいました。


 しかし私は、キンゼイ博士がされなかった次の3つの質問をすれば「愛」は計れる。つまり、「愛」という「魂」の問題が「身体」を通して体現され、科学的に立証されるはずだと考えました。いずれも、特に男性側に努力が求められますが、「愛」の体現としてのセックスかどうかがはっきり分かる質問だと思います。


 第1は、バギナが潤ってから挿入しているかどうかです。古い日本の性文化では、男だけの快楽しか言われてきませんでしたが、セックスする二人がともに「快楽の性」を楽しむには必要最低条件です。女性と男性との身体構造上の差異からくる興奮に要する時間差ですから、ほとんどは男が待つことになりますが、待つことが「愛」の証だと考えます。
 第2は、夫婦が同時にオーガズムに達しているかどうかです。「愛」の体現行為としてのセックスならば、夫婦同時にオーガズムに達する努力をするでしょう。これも男が待つケースがほとんどになりますが。


 第3は、オーガズム後も二人が抱き合ったままでいる時間はどれくらいかです。生理学的には、男性器はオーガズム後すぐに収縮し、収縮すれば性欲はなくなるそうです。これに反し、女性は骨盤内に充満した血液が平常に戻るまでにはほんの数分とはいきません。その間、抱き合ったまま居られることは、女性にとっては大きな安らぎと相手にたいする信頼感をまします。反対に、射精が終わるとすぐにくるりと向きを変えてしまうような相手には、失望感と不信感を持つことになります。


 「熟年の性」NO1で書きました「奈良林先生」によれば、「セックスとは、女性を喜ばせるために男性が汗水垂らして努力するサービス」だそうです。女性だけが喜んで、男性は疲労感だけというのでは報われないと思われるかもしれませんが、本来は「自分のDNA」を受け継ぐ子どもを産んでくれる女性が、より確実に受精できるようオーガズムが組み込まれているわけですから、男性は女性が喜ぶのを見て、「DNAは確実につながった」と満足すべきなのです。いつのまにか、自分だけ楽しもうと思う不届きな男が増えてしまい、女性のことなど考えなくなった歴史が誤りだなどと言ったら、読者の男性諸氏に反論されるでしょうか。


 勿論、「愛についてのキンゼイレポート」の内容はこれだけではありません。ピューリタリズムのアメリカで、自慰や同性愛、夫婦交換セックスまで、あらゆる問題についての膨大な聞き取り調査の結果、「性のルネッサンス」ともいうべき発表をした、愚直なまでに実証的な博士の生き方を、感動的に描いた作品です。
 「スワッピング」と言われている、夫婦交換を試したエピソードでは、助手の妻が本気になってしまい、助手同士が喧嘩を始めるという、まさに「愛は計れない」行動が起き、博士が怒鳴りつける場面がありました。「実証科学だけでは魂の問題までは答えが出せない」ことを映像化したようで笑えました。「相手との同意があれば何でもあり」が性なんだということの説得力を見せながら、宗教や法律で禁止する行為には、それなりの意味があることを教えられました。


 映画を見に来るのは、中年・熟年層が結構多いと、館内清掃に来たスタッフの方に聞きました。ロードショーは終わりになるようですが、今後は一般館で上映されるようですから、まだ見ていない方は、カップルでご覧になってはいかがでしょう。今までの自分たちの「愛」がどうであったかを振り返り、自分たちのセックスを愛の体現にするための参考になると思います。「生殖の性」を卒業した今だからこそ、自分たちの新しい愛の体現を始めることは、楽しい出発になることでしょう。今さら遅いと考えられる方がおられるかもしれませんが、決して遅くはありません。まだまだこの先、何十年という二人の年月があるのですから。


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