リタイアして昼間町内を歩く機会が増えました。当然のことですが、リタイア組と思われる諸兄をお見かけする機会もしばしばです。しかし、ひとりで歩いている男達にどうも魅力を感じないのです。言葉は悪いのですが、しょぼくれた感じに映るのです。
多分今はやりのウォーキング中と思われるいでたちですが、短パンにサンダル履きとか、ジャージにスニーカー。しかも、ほとんどの方がチュウブルの着古しでシャキッとしていません。
そして、決まったように少し前屈みで下うつむいて歩いておられるのです。中には妙に威張って歩いている御仁もおられますが、背中は丸くわびしさは隠せません。同じようなスタイルでも、ペアで歩いているとほほえましく見えます。買い物帰りか荷物を持ち合っているご高齢のカップルなど見ると、「年金生活でつましいようですが、お幸せそうですね」と声をかけたいくらいなのに、ひとり歩く男達をしょぼくれてと見るのは私の偏見でしょうか。
一人ひとりには「妻を亡くした」「妻を介護中」「妻旅行中」など、それぞれ事情があるのだとは思いますが、私の目には彼らの後に「行くんならお一人でどうぞ。私はAさん達と行くことになってますから」と言いながら、手際よく家事をこなしている(専業主婦の)妻の姿が浮かんでしまうのです。
私の家の周辺は、25年程前「地価が10倍(だったと思います)になった街」としてNHKの特集番組が組まれた地域です。「あっ、これ僕らの小学校の前だよ」などと言う息子達と見た覚えがあります。息子の通う学校では、30年前なのに、短大を含めれば母親の9
割近くが大学出でした。そこの男達ですから、リタイヤ前は皆「企業戦士」として、背広にネクタイで颯爽としていたはずです。それ相当の地位で定年を向かえたでしょう。それなのに「なぜ?!」と思われるくらいシャキッとしていないのです。
そう批判している私自身も実は同じです。「男物はゆったりして着やすい」と、息子のお下がりのジーパンとTシャツで、平気で買い物に行っています。男達から見れば「なんだ。あのばあさん」ということになるでしょう。私にとっての「世間」は地域ではなく職場だったから、地域はよれよれの普段着ですます所でした。今は地域が「世間」になったという自覚が持てずにいるだけなのです。そう気づくと、シャキッとしていない男達の服装が理解できます。現役時代から休日に着ていてチュウブルになってしまったのですね。
ひとり下うつむいていたり、妙に威張っているのは、新しい「世間」で、自分の「居場所」や「役割」が見つからないからではないでしょうか。
仕事人間でハウスキーパーがほしいと思いながら、家事は手抜きの限りを尽くし、隣近所とは「おはようございます」「こんばんは」くらいのつきあいしかなかった私は、「オトコ」として生きてきてしまったと実感しているこの頃です。だからこそリタイアしてうつむかねばならない男達の気持ちがよく分かります。
専業主婦は地域を「世間」として生きてきたから、60才になったからといって戸惑いはありません。が、男は「ハウス」(会話もろくに無い我が家はとてもホームとは言えません)に帰るだけで、職場に生きてきたから「さて、これからどうしたら?!」の居心地悪さが大きいのです。それは専業主婦の妻には理解できないことかもしれません。
私は女ですから当たり前のことですが、専業主婦のパートナーはもてませんでした。しかし、パートナーが専業主婦である男は、「地域で生きる達人」が横にいるのですから、リタイア前から「地域で生きる力」を学んでおくことができます。学ばずに、リタイア後突然寄りかかるから「濡れ落ち葉」などと邪魔にされてしまうのです。まだ「稼ぎ手」としての「威光」があるときなら、威張って学べるし、リタイア後の居場所や役割は確立でき、下うつむいてひとりしょぼくれて歩くことにはならないはずです。
「ハッ」とされた方は、とりあえず3度のつきあい酒を2度にして、週1回だけでも夫婦二人のウォーキングを始めるのはどうでしょう。すでに主婦仲間でウォーキングしているなら、そのうちの1回を夜にしてもらい、そこにそれぞれのパートナーが合流するのも楽しいでしょう。歩くことは金もかからず、年金生活にはもってこいの健康法だし、夫婦仲良く、地域の仲間とも楽しく生きられる一石三鳥、四鳥の活動だと思いますが、読者の皆さんはいかがお考えでしょうか。「もうすでにやってるよ」という声も聞こえてきそうですね。
《bUを読む》
|