熟年の性を考える

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                             研究員  岩淵 成子
 

家事は仕事ですか

 

 趣味のサークルに顔を出すようになり、今までの、共働き時代とは違う顔を持つ方々との交流が、できるようになりました。
 サークル員のなかには、多くの趣味を持っている方が居られます。絵、書、短歌、謡曲、民謡、文学、などと、数えれば10近い人もいます。今は3つだけれど、今までには、英会話、スケッチ、油絵、太極拳、など、あれもこれもやったという方も居られます。

 リタイアして、仕事が無くなり、家事を仕事にする生活になって数年ですが、いまだに家事が仕事には感じられません。
 「仕事とは、社会に繋がった働きをすること」という考えが染みついているためか、自分の生活のためにする家事は、仕事に思えないのです。
 もちろん、「ハウスキーパー」という「仕事」があることは知っています。換気扇の掃除2万円。風呂掃除1万円。などと、時々電話がかかってきます。
 主婦の仕事を換算すれば、何十万円とか、何百万円になるとも聞きます。それだけの価値ある仕事をやっているのだということも分かります。

 しかし、私には家事は仕事には思えないのです。家事は、家庭生活をするために、家族がそれぞれ分担してやることで、主婦という名前の人が、一手に引き受けてやるものではないという考えが染みついています。
 家族が手分けをして家事をこなせば、家事もしながら仕事に出かけることは、両立できない難問だとは思えません。曲がりなりに30年余、そうして過ごしてきましたから。

 いろいろの趣味に首をつっこむ方のなかには、能力がありながら、外で仕事をして自己実現することができないため、趣味に没頭することで、自己実現をさせているように見える方が居られます。
 仕事をすることが、自己実現のすべてではないかもしれません。しかし、現在の日本では、社会的な存在でなければ、自分を価値ある者と捉えにくくなっているのではないでしょうか。
 仕事の中では、○○ちゃんのお母さんとか、○○さんの奥さん、○○さん家のお嫁さんなどとは呼ばれず、自分の名前で呼ばれます。名前を呼ばれることのない虚しさを埋めるために、趣味の世界に埋没し、趣味をいくつも持つことで、自己実現を図ることもないと思います。
 多くの趣味をこなす方のなかには、自分の能力を家庭内だけでは発揮し切れていない、と思われる方も多いように見受けます。
 
 家事は仕事なのかを再度話し合ってみてください。仕事であれば、嫌でもやる。決められたマニュアルに基づいてやる。定期的にやる。等ということが出てきます。
 家事は仕事でないとすれば、嫌ならやらない。自分の調子に合わせる。隣近所とは比べない。毎日が過ごせればそれで良し。などとなります。
 これから、体力も落ち、気力も落ちていく時期を迎える熟年にとって、家事はどうあるのが過ごしやすいのでしょうか。お考えいただければ幸いです。

 
 

 

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