熟年の性を考える

bQ8
 
研究員  岩淵 成子
 

神様 仏様 議員様ですか?!

 

 研究所も深く関わっている「ここから裁判」も大詰めにさしかかり、被告の意見陳述が行われたので、傍聴してきました。
 

 高柳所長が、所用で参加できないため、居眠り半分の傍聴ではいられなくなり、心配しましたが、被告の答弁を聞いていると、胸がむかむかし、頭がカッカと熱くなり、とても居眠りなどしていられませんでした。

 東京地裁103号法廷という、96名入る法廷で、最近は抽選なく傍聴できていたのですが、被告側の動員がかかったと思われる傍聴者も多かったようで、3倍の競争率で抽選がなされました。くじ運の弱い私は、ダメかと思いましたが、「所長の分までしっかり聞いてこい」との天の命らしく、前から2列目で聞くことができました。

 最初は、被告側が最初に承認申請した、都議会自民党田代議員。次が、都議会民主党総務会長の土屋議員。最後が『過激性教育 都議ら視察』の記事を書いた、産経新聞河合記者の順に尋問が行われ、途中休憩もなく、2時間半ぶっ通しの尋問でした。

 田代議員は「2世議員」で、父親が被告側代理人席にいました。尋問が終わり、被告側席に戻った顔を見ると、まだ40代かと思われる容貌でした。(実際は50代半ばですが)
 土屋議員は、70代くらいの狡猾そうな感じでした。(実際は50代後半ですが)
 河合記者は、まだ30代くらいの若い記者だったので、驚きました。記事の内容から、当然50代くらいと推察していたからです。

 田代議員も、土屋議員も、証言内容に誠実さが感じられなかったのは、被告席にたたされて、不快に思っているからやむを得ないとは理解できました。
 しかし、答弁の態度については、理解の範疇を越えました。
 「薬害エイズ」訴訟などで、何度も傍聴に行きましたが、あれほど法廷を侮辱する態度を取る人は、見たことがありません。「法廷侮辱罪」の対象になるのでは、と思いました。
 裁判後の「報告集会」で、弁護士さんから、「やくざのような・・・」と話が出て、「なるほど。やっぱり常識はずれなんだ」と納得できました。

 オレ様は、都議なんだぞ。おまえらみたいなぺーぺーの弁護士に、とやかく言われる筋合いはないんだ。『美しき日本』のために、日夜奮闘していて、石原知事だって俺たちの味方だ。たとえ、地裁で負けるようなことがあっても、高裁、最高裁がある。おまえらが偉そうにしていられるのは、今だけだぞ。

 腹を割って本音を聞き出せば、こんな風に言うのではないかと思うような態度でした。
 「時間がないから、イエス、ノーで答えてください」と質問しているのに、「あれはどうだから、ナンタラカンタラ」と、言い訳を始めて、質問に答えないこともたびたび。ついには、裁判長からたしなめられる始末。それでも、「ナンタラカンタラ」を繰り返す。
 それが通用しなくなると、「イエス、ノーでは言えない。日本語で言いたい」とか。西洋歴で質問すると「平成で言わないと分からない」などと、腕白坊主が、大道にひっくり返って、だだをこねているような、答弁態度でした。

 傍聴席からは、「前を向いて質問しろ」とヤジが飛ぶ始末。ヤジと言うより、恫喝という方が的確な表現かもしれません。田代被告の父親は、自席から向かいの弁護士を恫喝する場面もありました。
 彼らの挑発に乗って、ヤジリ返すようなことをすれば、原告側の不利な材料にされかねませんから、じっと我慢でした。
 当然憶えていることを「憶えていません」などと、言い逃れ答弁した時に、「えーっ」とか「うーっ」とか言うのにとどめましたが、言えるものなら「嘘つくな!」「良心がないのか」「それでも子どもらの未来を考えていると言えるのか」などと、怒鳴りたい想いが胸一杯にたまって、その場にいられなくなりそうでした。

 報告集会では、所長代理として「騒ぎになった『人形』は、研究所が輸入したものです。人形達の『復権』のためにも、よろしくお願いします」と発言しました。
 Teach-A-Bodies として、世界数十カ国で使用されている。ポルノだのアダルトショップだのと言われたことは、ただの1件もない人形が、ポルノづけの日本の男達によって、勝手にポルノ人形にされてしまったのですから、人形達にとっては全くの「冤罪」です。

 同じ日に判決の出た、七生養護学校元校長、金崎先生の裁判が、「都教委の処分は無効」の「勝訴」で終わりましたから、見通しは明るいと感じられます。
 こちらの裁判が開始される前に「勝訴」の報がもたらされ、「やったーっ」の歓声の中、法廷に入っていく状況となり、傍聴者も勢いがつきました。

 都議だから偉いと、自分たちの主義主張を押しつける、傍若無人の、悪代官のような振る舞いをしている被告達。そういう議員に同行すれば、自分の記事も大きく取り上げられ、社内でも幅がきかせられると思ったような記者。
 そんな思惑の中で、子どもたちの幸せだけを願って、日夜奮闘している現場の教師達が、あしざまに扱われる。
 許されて良い問題ではありません。


 熟年世代にとっては、孫の教育に関わります。自分たちの幸せは、孫の幸せなしにはあり得ません。ポルノ大国日本が続くのか、互いが幸せを感じる性行動がとれるおとなが育つのか。学校教育の中の性教育の重みは、ますます増していきます。
 

 目を開き、耳を澄ませて、小さな変化も見逃さず、この国の方向、教育のあり方には、注目し続ける必要があると思いますが、読者の皆様はいかがお考えになりますか。

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