熟年の性を考える

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研究員  岩淵 成子
 
年を重ねることに自信を持ちませんか
 

 つい先日、学習会の席で「えーっ」と驚く方とお会いしたお話です。

 体調を崩し、外出もままならず、日がな1日ボーっとテレビを見ている生活でしたから、「私何歳に見えます」という化粧品のCMや、「カツラをつけてお若く見えます」のCMなど、若く見せるためには、これも買え、あれもしろという情報を、1日何十回も見せられて、「こっちは顔も洗いたくない気分なんだ。いい加減にしろ!」と、テレビにスリッパ投げつけたい気分でいました。

 ところが、「えーっ」と驚いた方は、ちょっと見は40前後かなと思う服装で、近づいてみると鬢のあたりに染め残した白いものがあるので「ああ、50代になってるんだ」と思うような方でした。ところが干支の話になり、本当は60代の方だと分かったのです。
 「何歳に見えます」CMに出てくるような人に、女優さん以外でお会いしたのは初めてで、びっくりしました。すっぴんのお顔がどうなっているのかは分かりませんし、相当美容にお金を使われているのだと思います。

 最近のマスコミ情報は、若くて美しいことが絶対で、それを保つための、化粧品やらエステやらの全てが「自己責任」だと、言っているように思われます。若さを保てなかったのは「負け組」といわれそうな勢いを感じます。
 しかし、「若々しいこと」と、「若く見せること」は、似て非なるものだと思います。しわが少なく、プロポーションも崩れていないことだけが若いことで、しわが深くなり、プロポーションも崩れてきたら、それだけで排除されてしまう社会、しわの増えることは、価値のない人間になると思いこまされるような社会が、ノーマルだとは思えません。
 

 研究所所長の高柳先生は、若々しくて活動的ですが、それでも50代には見えません。それは、50代よりもしわが深いということだけでなく、50代にはない風格があるからです。 婦人運動で有名な市川房枝さんは、化粧など無縁な方で、しわは深く、しわの中に顔があるようにお見受けしましたが、高齢になっても、若々しく活動されていました。 「えーっ」の彼女にはその風格がなかったので、違和感を感じたのだと思います。若く見せるために、内面からにじみ出てくる風格を、捨て去っているように見えたのです。
 
 社会の最小単位は夫婦です。まずは夫婦で確認してみていただきたいのです。毎日をだらしなく過ごして、若さが無くなることは、お互い注意し合うべきとは思いますが、しわが増えたから、頭が薄くなったから、もう相手にしないなどとは、考えてほしくありません。そうすれば、バカみたいに高い化粧品を買いまくることも、効果の有無がはっきりしない発毛剤をつけ続けることも必要なくなるでしょう。
 

 若さは外見ではなく、なかみだと考えます。サミュエル・ウルマンという方の「青春」という詩にこんな一説があります。

   
 
歳を重ねただけで人は老いない/理想を失うときに初めて老いが来る/歳月は皮膚のしわを増すが、情熱を失うときに精神はしぼむ
   

昨今の「若さ」こそ全てのような情報に踊らされず、堂々と老いていきたいと思うのですが、読者の皆様はどうお考えでしょうか。

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