熟年の性を考える

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研究員  岩淵 成子
 
あなた付ける人 私しまう人」で最期まで行けますか
 

 かつて物議をかもした「あなた食べる人 わたし作る人」の熟年版のようなCMが、最近までテレビで流れていました。
 妻が夫に「電球つけといて」と頼む。夫は「俺がいなきゃ・・・」と言いながら、電球を探す。見つからないので「電球どこだ」と妻に聞く。妻は「私がいなきゃ・・・」と言う。互いに役割分業しながら、末永くお暮らしください。何かありましたら、保険会社の私どもにご用命を。という主旨で作られた、と思われました。
 

 今は別のバージョンになっています。「離婚届」でも書きそうな雰囲気で「良いのか」「今さら」と言っている夫婦が出てきて、何のことはない。保険の契約をするという落ちになっています。
 この保険会社の考えは、役割分業で、熟年から老年までを過ごすのが、一般的な夫婦のあり方で、そのためには、夫婦で入るとやすくなる保険を作った、ということのようです。
 
 「食べる人 作る人」の時は大ブーイングが起きたため、予定より早く、CMを中止せざるを得なかった、と聞いていますが、今回は、特に聞いていません。ということは、世の熟年ご夫婦は、何の抵抗もなく「家もそうそう」と、受け入れているということでしょうか。
 

 夫婦がずっと一緒なら、それで良いかもしれないけれど、離別、死別で一人になる場合もある。その場合はどうなるのかしら。契約とは違う状況になりましたから、お金は払えません、なんて言うんじゃないでしょうね。保険会社は、入れるときはえびす顔で、払うときは鬼の顔だとか、難癖つけてなかなか払わない、などと聞いている私は、疑り深くなってしまいます。一人になっても大丈夫な保険でありたいものです。

 お金の話も大切ですが、CMみたいな生活をしていたら、一人になったら、即くらして行かれなくなることを心配します。
 電球くらいなら、分からなくてもスーパーへ買いに行けばすむことですが、妻の葬儀をするのに、喪服のしまい場所が分からないで、貸衣装になるとか、通帳や権利書などという、買えないものの在りかを知らない、などということになったら、目も当てられません。
 

 玄関の電球だって、自分で換えなければ、暗いなかでつまずいて、怪我をするような事態に、なりかねません。植木の手入れにしても、夫任せでやったことがないとなれば、少ない年金から、何万円もを植木屋に払わねばなりません。
 いつそういう事態にならぬとも限らないわけですから、お互いに、独立独歩が良いのではないでしょうか。
 

 家の中のことを、今さらいちいち聞くなんて・・・、この年になって、梯子登りなんて・・・などと思われるでしょう。
 突然、違うことをパーフェクトにしよう、などとは思わなくて良いのです。相手に任せっきりでなく、互いのしていることに注意を払い、時には手伝っていれば、いざというとき「見よう見まね」ができます。それがないと、0からのスタートになり、負担が大きく、疲れて続かなくなってしまいます。
 ふたりでいられる間は、親密な関係を保ちながらも、いつでも一人でやっていかれる、心づもりも必要ではないでしょうか。

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