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今月のコラム
“人間と性”教育研究所所長
高柳 美知子

(2005/10/10更新)

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映画「愛についてのキンゼイ・レポート」を見て

 私が所長を務める“人間と性”教育研究所の書棚の隅には、山本宣治( 1889 〜 1929 年)、山本直英( 1932 〜 2000 年 ) 、アルフレッド・キンゼイ( 1894~1956 年)の写真が仲良く並んでいます。3氏の共通項は、性(教育)のパイオニアであること。そのためにいわれのない攻撃を受けたこと。

 髪を短く刈り込んだキンゼイの写真は、 1987 年の夏、性教育の仲間たちとインディアナ大学構内のキンゼイ研究所でセクソロジー(性科学)の研修を受けたとき、第3代所長のジューン・ライニッシュさんから頂戴したもの。木立に囲まれた美しい建物のキンゼイ研究所は、女子学生たちの「人間の性と結婚に関する講座」開設の要求がきっかけとなって、昆虫学者のキンゼイ博士が創立した性科学 の研究機関です。『愛についてのキンゼイ・レポート』は、そのキンゼイ博士の生涯を描いた映画です。

「赤狩り」の対象に

 

 キンゼイを演じたのは「シンドラーのリスト」などで知られる名優リーアム・ニーソン。監督・脚本は気鋭のビル・コンドン。抑圧的な性モラルをもつ頑迷な父との確執、生涯の伴侶クララとの絆の深さ、なぜ性行動の調査を行ったのか、それがどんな波紋を広げていったかが客観的に描かれています。『キンゼイ・レポート』が、「何をなすべきか」を求めるのでなく、事実だけを積み上げていった手法と同じといえます。

 『キンゼイ・レポート』とは、約 50 年前、全米 18 、 000 人に 350 項目のインタビューを行い、それまでタブー視されていた人間の性意識や性行動についての詳細な実態を統計的に纏めたものです。その赤裸々な報告は、今までの性に対する偏見や先入観を打ち破っていく契機となりました。

 「男性編」( 1948 年)の調査では、自慰が自然な行為であること、また、性は多様で同性愛は異常でも不自然でもないことを示唆したことの意義は大きいといえます。

 しかし、「女性版」( 1953 年)が発表されるや、折りからのマッカーシズムの中で「赤狩り」の対象とされ、ある下院議員は「人間の性行動の研究とは、合衆国をのっとろうとする共産主義者に道をひらくものだ」と主張。博士とその研究は、下院の特別調査委員会の議題となりました。調査活動に主要な財源だったロックフェラー財団の財政的援助も打ち切られてしまいます。

 人間の性への科学的な解明が社会秩序を乱すとされて、いわれのない妨害や攻撃をうけたのは、キンゼイ・レポートに先立つ24年前、大学で「人生生物学」を講じ、青年の性の実態調査を行った山本宣治の場合も同じです。

映画に保守派反対
 ところで、お膝下のアメリカでは、この映画の製作に反対する運動が激しく巻き起こったそうです。反対運動を行ったのはキリスト教保守派の団体です。それにしても、右傾化を強めるブッシュ政権下のアメリカで強引におし進められている“絶対純潔教育”の状況と、同じく右旋回を強めているわが国で、科学的な性の授業にとりくむ教師たちを「急進的性教育」のレッテルを貼って攻撃する状況 のなんと似ていることか。  

 「人間の性的行動は、生物学・心理学・および社会学において最も未開拓な部分の一つ」であるとは、『キンゼイ・レポート』の中に彼が記した言葉ですが、50年後の今日もなお、その状況は変わっていないのです。だらこそ、今、この映画を製作し上映する意義があるのだといえましょう。

 私にとってこの映画は、性のタブーに臆すことなく、果敢に挑んだキンゼイに改めての敬意と、そのあとに続くことの決意を新たに機会となりました。 

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