| アンネ・フランクの思春期
共同通信に連載
思春期とはどんなときでしょうか。
私は、思春期は「3つの出会いのとき」ととらえています。
その一は「大人のからだ(二次性徴)」と出会うとき。
その二は「もう一人の自分(自我)」の誕生のとき。
そして三つめが「恋」。
この三つの出会の季節を見事にくぐりぬけていった少女がいます。
その名はアンネ・フランク(
1929 〜 1945 )。
両親はドイツ国籍をもつユダヤ人。3歳上の姉がいます。暮らしは裕福。両親の愛もいっぱい。しかし、ナチスドイツの人種迫害を受け、アムステルダムの隠れ家生活へー。
では、アンネの「大人のからだ」との出会いはどうだったのか、日記には読み取ってみましょう。
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生理があるたびに(といっても、今までに三度あったきりですけど)面倒くさいし、不愉快だし、鬱陶しいのにもかかわらず、甘美な秘密をもっているような気がします。ある意味で厄介なことでしかないのに、そのつどその内なる秘密が再び味わえるのを待ち望むというのも、そのためにほかなりません。(略)ときたま夜なんか、ベッドのなかで自分の乳房をさぐってみたい、そして心臓の静かでリズミカルな鼓動の音に耳をすましてみたい、そんな衝動を強く感じることがあります。 |
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いかがでしょう。自己肯定感にあふれた、なんとすてきな出会いではありませんか。アンネと同じく、戦争下で少女の日を過ごした私の「大人のからだ」との出会いは、アンネとは全く逆に、ただただ不安と嫌悪がつのるばかり…。
ちなみに、現代っ子の場合はどうか。『小学五年生』の「なんでも相談」担当の私にとどく女の子のなやみは、「生理って、どのくらい血がでるの。気持ち悪かったり痛かったりしないの。こわいなーっ。いやだなーっ」「胸が小さいので大きくする方法を教えて。胸が小さいと男の人にすかれないって本当?」といった、アンネの受けとめには遠く及ばないの実情です。
では、二つめの「もう一人の自分(自我)」をアンネはどう誕生させたでしょうか。アンネの日記は、まず「キティへ」で始まり、「アンネより」で締めくくられています。キティは、アンネが創った架空の友人(想像上の他者)。架空の友人に
手紙を書く形式をとったことは、自分自身を客観視する力、すなわち「もう一人の自分(自我)」を誕生させるうえで、まさに賢明な策であったといえましょう。
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